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ホーム > 暮らしの役立ち情報 > 著名人が語る「私のこだわり空間」 > 本が捨てられない 書誌学者・作家 林望
著名人が語る「私のこだわり空間」04




書誌学者・作家 林望さん


リンボウ先生の愛称で親しまれている林望氏。
『イギリスはおいしい』を初めエッセイ、小説、詩、評論など60冊を超える著書を生み出した陰には膨大な本と書斎の物語りがありました 。
書誌学者・作家 林望さん
はやし・のぞむ
1949年、東京生まれ。作家・書誌学者。慶應義塾大学大学院博士課程終了。ケンブリッジ大学客員教授、東京芸術大学助教授などを歴任。専門は日本書誌学・近世国文学。


書誌学者としてイギリスに渡り、 その間のことを綴った『イギリスはおいしい』で作家としても活躍されるようになったリンボウ先生こと林望さん。 武蔵野の書斎を訪ね、単刀直入に聞きました。本は捨てられませんか?

「捨てないですね、本は。どんな本にもそれなりの魂があると思いますから。 中学生のころに買って読んだ雑誌などもまだ書庫に残っていますよ。ベストセラーになった本よりも、 むしろこういう雑誌のようなものこそ貴重ですね。時代の証言にもなりますから」

本は買って読む、というのがリンボウ先生の主義。 書評に採り上げる本についても基本的には本屋で買い求めます。

「本も人間関係と同じではないでしょうか。 通りを歩いている人のほとんどとは無縁ですが、なかに縁があって親しく話をする人がいる。 そういう人との関係は簡単に捨てないじゃないですか。縁あって私の書室にきた本も同じです」

現在、林家の書庫に収まっている本は1万5千冊余。

「蔵書のほとんどは基礎的な文献類ですね。 論文を書くときの基本的な文献調査は自宅でできるように揃えてあります。そのために大変な時間とお金と労力がかかった。 給料2万円、本の支払い5万円という時代もありました(笑)」
建物をおおう「ナツユキカズラ」。 猛烈な勢いで伸びる植物なので「おそらく根が地下室を囲って水分を吸っているのではないでしょうか。


地下書庫の奥に見えるのが除湿機。 図書館用の書架は、これ程の本の重みにもかかわらず「指1本でも動く」軽さ。分類はリンボウ先生の頭の中で、表示はなし。




平積みされているのが和書。 「入り口は鉄製の防火トビラです。主人は、家は焼けても本さえ残れば仕事ができるからと」と奥様のとも子さん。






1階南に面した書斎。 部屋のコーナーにパソコンディスプレイを置き、キーボードとの距離をとる。壁にびっしり原稿依頼状。



リンボウ先生が1冊の本を書くとします。先生はまず1階の書斎から地下の書庫へ。 22畳の書庫には図書館用の集積書架がずらりと並んでいます。書架をガラガラと移動させながら、 資料とおぼしき書物を選び、両腕に抱えて階段を上がり書斎へ。繰り返すこと数往復、ときにそれ以上。 執筆中はいつでも目を通せるように書斎の床に積み上げ、やがて執筆が終わると、 いったん地下の書庫脇の遊戯室(表紙の部屋)に戻し、ゴミを落とし分類して、元の書架へ「ごくろうさん」と戻します。

「これが大変なんですよ(笑)。1冊の本を書くのに膨大な資料に目を通しますからね。 小型のエレベーターを取り付けておくべきだったと妻と話します。ホームエレベーターでなくても、 本だけが乗せられる小さいもので人間は歩けばいい。その点だけは後悔していますが、地下の書庫というのはいいですよ」

まずは安全なこと。5年前に改築する以前は、隣に住むお父様との二人分の書斎・書庫を両家をつなぐ中2階に作っていました。 下は空洞のガレージという構造。

「これは二世帯住宅ならではのアイデア書斎だったのですが、そこに阪神大震災が起こりました。 これは力学的に持たないなと思い、建て替えて安全な地下書庫にしたわけです。 書庫に2台、遊戯室に1台の除湿機が24時間フル稼働しておりまして、湿気が部屋の中にたまることはありません」



本にとって大敵は、湿気と虫と直射日光。

「虫は自然にわくものではないので、本を書庫に収める際に虫がついていないかどうか、 卵などがないかどうかを確認することをきちんとやれば、虫がつくことはありません。 最近私は、和書の場合は少し電子レンジにかけます。 そうすると虫の卵などは全部死んでしまいます。 直射日光は書庫だけでなく書斎にも差し込まない方がいいのですが、 暗いのも気がふさぐ。窓は大きく、日差しは射さないようにと、二律背反を成り立たせるために、 わざと家を敷地の南の端に寄せて建てています」

家は北に寄せ南に庭を一。そんな固定概念にはとらわれない逆転発想です。 先生の目下の悩みは、設計上1万5千冊入る書庫から、早くも本があふれ出していること…。




「家族がいつも同じ空間にいなくてはならない、という考え方が間違っていると私は思っています。 わが家では、私は1階の書斎、妻は2階の書斎、娘は3階の屋根裏部屋にアトリエを持っている。 みんな一人ひとり違う空間で暮らしていますけれど、すごく仲の良い家族です。 息子とは何万キロと離れていますが、何の問題もない。インターネットでつながっているわけですからね」

著書『恋せよ妻たち』では、女の書斎について次のように書かれています。 ――インターネット時代の現代、書斎的空間の必要性は、むしろ女にこそ切実になってくるのではあるまいか――と。

「捨てる」技術の本がベストセラーになるなど、捨てずに本をとっておくことは時流に反しているようにも思えます。

「私の場合は、今は使わない、読まないけれど、これから仕事が進展していくと将来はきっとこの本が必要になるだろう。 しかしそのときなってこの本を手に入れようとしても、たぶん手に入らない。 そう考えて買い集めてきました。学者や作家でなくても、 定年になったら読もうと思う本を今から買っておくというのはどうでしょう。 自分が読まなくても子供が勉強をするのに使うかも知れませんよ」

本を捨てないことは、「いつか読みたい」という思いや、「いつか仕事で必要になるかも知れない、そうなって欲しい」 という志をつないでいくことかも知れません。

この日も取材中に届いた書籍小包を苦笑しながら開封するリンボウ先生。 「書斎ものがたり」は、まだまだ続きそうです。

 

画家をめざす長女の春菜さんの絵の前で。 「この頃、僕の本や連載のイラストはほとんど娘が描いておりまして、家内分業体制ですね(笑)」


リンボウ先生の書斎史は 『書斎の造りかた』(光文社カッパブックス)に詳しい。女性を叱りつつエールを送る『恋せよ妻たち』 (小学館)他、著書は60冊を超える。
地下書庫の隣にある遊戯室。音楽を聴き、 ゲームをして楽しむ。壁には娘さんの作品が飾られギャラリーの趣も。 しかし最近は、執筆を終えた本が書庫に戻るまでの「控え室」として使われることもしばしば。 確実に本が書庫・書斎以外の部屋に侵入しているのがうかがえる。
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