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ホーム > 暮らしの役立ち情報 > 著名人が語る「私のこだわり空間」 > 森に抱かれた美しい陶芸王国 評論家 俵萠子
著名人が語る「私のこだわり空間」29


森に抱かれた美しい陶芸王国

趣味そして人生とともに発展していく住まい 評論家 俵萠子さん

評論家・エッセイストとして、また最近は精力的にボランティア活動に取り組んでいる俵萠子さん。赤城山の山裾での暮らしには、大自然に包まれる悦びと年齢を重ねる楽しさが溢れています。
母屋と前庭 俵萠子
母屋と前庭は、完全プライベートな空間。花や緑を眺めながら、お茶を飲んだり親しい人とくつろいだり…。愛犬のさくらも一緒。
900坪から始まった赤城の森の一人暮らしも、いまは敷地2500坪に。陶芸に夢中になって、美術館まで作って、友人知人もいっぱい。

癒しを求めて赤城へ
期待以上の自然があった

「この川、いいでしょ。一級河川なのよ。夏には蛍が舞うし…」「ここの花はいま植え替え中」「この建物が美術館、そっちが母屋で私の住居、あっちは離れでゲストルーム」「ここはイベントスペース、200人位集まれるの」…と、広大な敷地の中をどんどん先に立って案内してくださる俵萠子さん。「うわぁ、健脚ですね」というと、息も上げずに即答。「だって、この子と毎日敷地内を歩き回ってるんだもの」と笑うそばには、愛犬の俵さくらちゃん。

俵さんの森の暮らしは、かれこれ20年になります。TV局からTV局へと移動して、評論やエッセイを書き続ける毎日の中で迎えた50歳。「セカンドライフの準備をしよう」「何か趣味を見つけたい」と想い定めて、お父様の故郷でもある赤城山の裾野に土地を購入したのだそう。

都会暮らしの感覚のまま赤城に来て、「有機農業をやってみたい」という憧れを実現すべく地元の人に相談すると、松林を切って根を掘り起こして、それから土作り…と教えられ、あえなく断念。それより何より、いちばん近いスーパーでさえ9・8km先とあっては、まずは車が必要だと気付いたそうです。

「慌てて教習所へ…。55歳でしょ。6回も試験に落ちて、8ヶ月間で55万3千円。きっと日本一高い免許証やね」と、大笑い。

まだ新幹線も関越自動車道も来ていない時代。とにかく東京往復250kmと、スーパーへの買い物には不自由しなくなったそうです。そしてこの運転免許証が、俵さんのその後に、もっと大きな影響をもたらすことになろうとは…。

陶土 俵萠子
陶土は全国各地から取り寄せて、常に数種類を用意。箸置きから大皿までさまざまな器になっていきます。

美術館外観 俵萠子
俵萠子美術館の外観。もともと住居用に建築したものが、美術館に。全国から年間約1万人もの来館者がある。



ここを訪れることで、みんなに赤城の自然の美しさを知ってほしい
工房 俵萠子
萠子窯を開き陶芸塾を主宰。思い通りの設備をそろえた工房は、赤城だから実現できたもの。

イベントスペース 俵萠子
森の中の、200人ほどが集えるイベントスペース。音楽会などを開催。

免許取得で走り出した、陶芸王国への道

俵さんと陶芸との出会いは意外な形で訪れました。

運転免許取得のお祝いにと、陶芸をやっているご友人から、益子の粘土と道具の初心者セットを贈られたそうです。俵さん、内心「ちょっと変わったプレゼント?」と思いながら、有難く受け取って仕舞おうとしたところ「いつかいつかといわず、今やりましょう」と少々強引に手ほどきが始まってしまったそうです。

いわれるままに粘土をこねて伸ばし、手近にあったアジサイの葉の葉脈を映して、錐で葉型通りに切り取り、そっと持ち上げると…。「なんてきれいなの」「こんなに簡単なんだ」と大感激。その日から陶芸にのめり込んでしまったのです。

そうなると、凝り性の俵さんのこと。陶芸はそんなに簡単じゃないと、じきに気付いたものの、後の祭り。自分のために陶芸の機材や設備を整えて工房を作り、それが高じて陶芸塾を主宰し、何度も個展を開き、とうとう美術館まで設立し、いつの間にか2500坪にまで増えていた敷地は、陶芸王国となっていました。

陶芸は何年キャリアを積んでも、小さな偶然や土と炎の悪戯で、思わぬ色や文様が出たり、予想できない変化やムラも現れるものだと、俵さんは言います。 「でも、それを失敗作だと割ってしまうのも芸術なら、なかなか面白いと見所を見つけるのも芸術。それが楽しいんです」

敷地内を流れる川 俵萠子

敷地内を流れる川は一級河川。渓流に沿っての散策は、俵さんお気に入りのコース。
敷地内を流れる川 俵萠子
敷地内を流れる川 俵萠子


友人が「いつかといわず、今やろう」って。いい言葉でしょ

庭は、残りの人生をかけて作る私の最後の作品

趣味で始めた陶芸が、美術館構想に発展して、さらに「わくわく塾」の開設へ。「人生は時間とともに発展していく」と語る俵さんが、いま情熱を注いでいるのが庭造り。「残りの人生をかけて、私の最後で最大の作品にしたい」といいます。

そのわけは、建築家として活躍されたお父様が晩年に「なあ萠子。家は完成した瞬間から古くなっていくが、庭は時間が経つほどに素晴らしくなっていく。建築の仕事も楽しかったが、造園の仕事もしてみたかったよ」と、しみじみ漏らした言葉がずっと心に残っているから。

赤城の大自然に暮らす悦びを知り、お父様が亡くなられた年齢に自分が近づいたことで、俵さんの中で「庭」に対する想いが深まってきたそうです。

数年後に太い幹をなし、枝を伸ばす姿を想定して木を植え、季節ごとの見ごたえと楽しみを考えて花を植える。広大な自然の景観と調和するように、池や岩、そしてゆったりと庭を愛でることのできるスペースを設けていく。

俵さんの最高の芸術作品は、少しずつ発展しながらずっと先の完成をめざしています。

母屋  俵萠子
古い日本家屋をそのまま手入れして母屋に。濡れ縁の庭先には、愛犬の俵さくら嬢の家も。

美術館  俵萠子
美術館内にはご自身の陶芸作品のほか、ご両親の写真も展示。

コレクション  俵萠子
国内外の旅行で買い集めたコレクションや自筆の書や絵画の展示も。

評論家 俵萠子さん
1930年大阪市生まれ。大阪外国語大学フランス語学科卒業後、産経新聞社に入社。65年に退社後、女性、家庭、教育問題を中心に評論家として活動。81年、日本初の準公選で東京都中野区教育委員を務める。86年に陶芸をはじめ、95年に赤城山に「俵萠子美術館」を設立。現在、がん患者の会「1・2の3で温泉に入る会」会長としても活動。04年から大人のための学習塾である、萠子の「わくわく塾」を開講。


玄関 俵萠子 もともとこの土地にあった古い家屋を手直しして母屋に。玄関を中心にして手前が応接兼リビングスペースで、向こう側はキッチンや寝室などプライベートスペースです。玄関のたたきが広すぎて向こう側へ渡るのが大変…と、靴脱ぎ台を置いたら、これがとても便利だそう。玄関扉の脇には愛犬さくら専用出入り口もあって、人も犬ものびのび大らかに田舎暮らしを満喫している様子が伝わってきます。


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