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癒しを求めて赤城へ
期待以上の自然があった
「この川、いいでしょ。一級河川なのよ。夏には蛍が舞うし…」「ここの花はいま植え替え中」「この建物が美術館、そっちが母屋で私の住居、あっちは離れでゲストルーム」「ここはイベントスペース、200人位集まれるの」…と、広大な敷地の中をどんどん先に立って案内してくださる俵萠子さん。「うわぁ、健脚ですね」というと、息も上げずに即答。「だって、この子と毎日敷地内を歩き回ってるんだもの」と笑うそばには、愛犬の俵さくらちゃん。
俵さんの森の暮らしは、かれこれ20年になります。TV局からTV局へと移動して、評論やエッセイを書き続ける毎日の中で迎えた50歳。「セカンドライフの準備をしよう」「何か趣味を見つけたい」と想い定めて、お父様の故郷でもある赤城山の裾野に土地を購入したのだそう。
都会暮らしの感覚のまま赤城に来て、「有機農業をやってみたい」という憧れを実現すべく地元の人に相談すると、松林を切って根を掘り起こして、それから土作り…と教えられ、あえなく断念。それより何より、いちばん近いスーパーでさえ9・8km先とあっては、まずは車が必要だと気付いたそうです。
「慌てて教習所へ…。55歳でしょ。6回も試験に落ちて、8ヶ月間で55万3千円。きっと日本一高い免許証やね」と、大笑い。
まだ新幹線も関越自動車道も来ていない時代。とにかく東京往復250kmと、スーパーへの買い物には不自由しなくなったそうです。そしてこの運転免許証が、俵さんのその後に、もっと大きな影響をもたらすことになろうとは…。
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